松木です。
トライアスロン業界で特に著名で、自転車空力学において世界屈指の実績を持つSwiss Side。その中のフォーミュラ1とサイクリングの空気力学分野で、20年以上の経験を持つ人物JeanPaul Ballard氏。そんな彼と共同開発されたDT Swissリムは、まさしく「最先端の科学が盛り込まれた形状」に違いありません。
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UV形状
新型DT SWISS ARC 1100 DICUTのリムは、スポーク側が”シュッ”としたUV形状。
(ZIPP 303 Firecrest。左:旧型のUシェイプ 右:2020年モデルのUV)
(Bontrager Aeolus。左:Aeolus XXX4(2018) 右:RSL(2020)、両方ともUVシェイプ)
ZIPP、Bontragerなど、ロードホイールのトップブランドも採用し、間違いなく現在のトレンドであるリムの形。
リム幅を広げる理由
(2013年のBontragerのデータ。ヨー角12.5°のCFD解析、左下のAeolus D3は剥離ポイントが遅い)
まずは「リム幅」について考えていきましょうか。
リム外幅が広い方が「タイヤ⇒リムの段差」が減って空気の流れが良くなります。また、斜め前からの風に対しても、空気の剥離ポイント(黒矢印)が遅れ、空気抵抗を小さくすることが可能。
リム外幅は「タイヤ実測幅の105%以上が良い」と実験的に分かっているのですが、DT Swiss ARC 1100 DICUTにGP5000 25㎜を取り付けた場合、タイヤの実測幅は26㎜弱になるらしく、その105%ということでリム外幅は27㎜に設定(これより狭くしてしまうと、図の旧ZIPPで見られるように「タイヤ⇒リム」の段差で乱流が発生してしまう上、斜め前からの風に対して剥離ポイントを遅らせる効果も甘くなる)
リム外幅を広げるメリットは「エアロ」だけではありません。リム外幅を広げれば同時に「リム内幅」も広がります。すると、上図のようにコーナリングなどでタイヤに大きな負荷がかかった際に、タイヤがヨレることを抑えられるために挙動が安定するのです。
以上に加えて「剛性UP」(高ければ良い訳でもないが)なども考えれば、リム幅を広げるのはメリットしかなく、ディスクブレーキ化によるリム幅制限解除の後押しもあって、年々拡大傾向にあります。現時点では外幅27~30㎜が基本となっており、ロード分野においてはRapide CLXの前輪35㎜が最大。
(余談。ZIPP、ENVE、CADEXなどが採用している『フックレスリム』も「タイヤ⇒リムの空力UP」「タイヤのヨレ抑制」の効果がある。加えて、リムを軽量化できたり、リム製造の手間&コストを抑えられたり、カーボン繊維が途切れていない精度の高いリムを作れたりもする。それなのにARC 1100がフックレスでないのは、①現状では使用できるタイヤが非常に限られてしまう ②最大空気圧が低い(ex. ZIPP 303sの最大空気圧4.9bar)という到底無視できないデメリットがあるから)
なぜ今更Vなのか?
「リム幅」の次は、スポーク側が”V”である理由を考察していきます。
正面からの風に限って言えば、VはUよりも後方に向けて空気がキレイに流れます。だからUVは、UとVそれぞれの良いとこ取りをした形状…………そう聞けばなんとなく納得はできます。ですがその一方で「Vが横風に弱いからUになったはず。ならばUVはUより横風に弱いのでは?」「UVが最適だと言うなら、なぜわざわざUを経由したのか?」そういった消化し切れない2つの疑問が生まれてきました。
【1】横風に足して横方向にかかる力の分布 【2】ステアリング軸
一つ目の疑問「UVはUより横風に弱いのでは?」
「横風に弱い」というのは「横風に対して大きな抵抗を受ける」という単純な話ではありません。上図は横風を受けた際の、横方向にかかる力の強さの分布を表しています。ステアリング軸よりも前方のリム領域をA、後方をBとしましょう。A=Bであれば、車体全体が左右に煽られることはあっても、ハンドルが左右に振られてしまうことはありません。ですが実際はA>Bとなってしまうためにハンドルが持っていかれ、”ヒヤッ”とさせられているのです。
ここで先ほどの横風のCFD解析を見てみます。一番上のVシェイプの場合、ステアリング軸より前、Aの領域に関しては空気の剥離ポイントが早い⇒空気抵抗が大きい。それなのにステアリング軸より後ろ、Bの領域に関しては逆に空気の剥離ポイントが遅い⇒空気抵抗が小さい。このAとBの差が大きいことが、Vシェイプリムが横風に弱い(ハンドルが大きく持っていかれる)最大の原因(DT Swissはこれを「ステアリングモーメントが大きい」と表現している)
「横風に弱い⇒横風に対する領域AとBの空力差⇒横風に対する領域AとBの剥離ポイントの差」
ですから横風にハンドルが取られやすいどうかは、実はタイヤ側のリム幅が重要なのであり、スポーク側のリム形状はあまり関係ないのです。だから「UVはUより横風に弱くないの?」という心配は見当違い。無用の長物であったと言えるでしょう。
二つ目の疑問「なぜわざわざUを経由した?」
これに関しては正直ハッキリしません。実際、Rapide CLXの前輪はUVではなくUのまま。UとUVどちらの形状でも、空力に優れ、横風にハンドルが持っていかれにくいリムにすることは可能だということ。スポーク側のリム形状(UとV)以外まったく同じ2本を直接比較しているデータでもあれば一目瞭然でしょうけど、残念ながらそういったものは見当たらず………
………いや待てよ、そもそもの話、UとUVの線引きもかなり怪しくないでしょうか?旧ZIPPはU、Aeolus XXX/RSLがUVというのはまだ頷けます。しかしながら、少なくとも”ボテッ”とはしていないRapide CLX前輪もギリギリUV形状と取れなくはないですし、逆にUVと名乗っている新型ARCはAeolus XXXに比べれば全然UVではありません。気分的にはUとUVでキッパリ二分したくなりますけど、そのせいで思考の糸はこんがらがっていく気がしますね(^^;
ですから、UだのUVだのは置いといて「スポーク側のリム形状はある程度”シュッ”としていた方が流線形に近づき、空気はキレイに流れる」というザックリした認識でいるのが宜しいかと。この条件に加え、先ほどの「27㎜以上の幅広リムである」の2点は、今後開発されるリム形状の絶対条件と言えるでしょう(横風もUかUVかは関係なかったし、リム形状を考察する時にこのアルファベットを使わん方が良いな…)
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新型DT SWISS ARC 1100 DICUTの科学的データ
GP5000TL 25㎜を履かせた45km/h時の空力データ(Translational Drag)。新型ARC 1100とリムハイトの近いEnve SES、ZIPP(303は最新モデルか不明)との比較。
ARC 1100 50㎜ハイトは、現実世界において80%近くを占めるヨー角±10°の風に対して優秀。
ARC 1100 62㎜ハイトは、どのヨー角でも₋2w以上のアドバンテージ。
ARC 1100 80㎜ハイトは、±14°より大きくなると「セーリング効果」によって推進力が生まれ、18°において最大7wも前に押し出されます。
3種類の新型ARC 1100同士での比較。ヨー角が小さい範囲では50㎜であろうと80㎜であろうとあまり変わりません(正面からの風に対しては3種とも13~14w)。ヨー角の重み(現実ではヨー角が小さい風をよく受ける)を考慮したトータル空気抵抗は、50㎜が10.5w、62㎜が8.9w。12㎜ハイト高くなったところで45km/hでたった1.6wしか違わないのです。
スーパーディープの本領が発揮されるのは、ヨー角が大きい時(=横風が強い時)。±10°付近を境にして牙を剥き始め、15°以上においては80㎜は50㎜に対して常時10w近いアドバンテージを受け続けることが出来ます。
ハンドルが持っていかれる力「ステアリングモーメント」を示したグラフ。
先ほどA>Bのような話をしましたが、ハンドルを振られにくくする条件は他にも2つ存在します。1つは「横風に対する空気抵抗を小さくする」という基本。そしてもう1つが「ヨー角によるステアリングモーメントの変化を直線的にする」こと。
例えば、ヨー角10°でステアリングモーメントが0だったとしても、ヨー角11°でモーメントが急に大きくなるのはマズい。Aeolus XXXの開発においても「1.4秒未満で操舵トルクに0.75N-m以上の変化が生じた時に、不安定さを感じることが判明した」とあるように、急激で予測不可能なステアリングモーメントの変化が非常に危ないんです!そういった観点でグラフを見てやると、ARC 1100のステアリングモーメントは直線的。ゆえに風向きが激しく入れ変わるような状況下でも、ステアリングモーメントの変化は緩やかで、予測しやすくもなっています。風の状態から「これぐらいの力でハンドル押さえておけば大丈夫」と身構える事ができていれば、横風が吹いていてもそこまで怖くはありません。
メーカーが多用する「ホイール重量は〇〇g」「空気抵抗〇〇w削減」といったキャッチーなフレーズ(人で言ったら年収とかでしょうかw)。そういった数字だけを見て選ぶかどうか決めること自体は間違ってはいません。
ですが、今回のように「何を考えながら開発しているのか」という事を深く知ろうとし、そのホイールの本質に歩み寄って行けば行くほど、より正しく”ホイール像”をつかむことが出来るようになります。さらには物の裏に必ずある”人間味”の部分、つまりどれほど心血(時間と費用、技術と経験)が注がれているのかという”開発陣の情熱”にも触れられます。しかも、そこで得た多面的な視点は一時的なものではなく、以降に登場する他メーカーのホイールを眺める際にもきっと役に立つことでしょう。
3回に渡ってお届けした「新型DT SWISS ARC 1100 DICUTに読み解く最先端のホイール事情」がその一助になれば幸いですね(^^)
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