松木です。
グレアム・オブリーという人をご存知でしょうか?
今から25年も前の1990年代前半に、
トラック競技で活躍したスコットランド人。
そして「1時間でトラック内を何km走れるか」というアワーレコードに、
独自で編み出したスーパーマン/オブリーポジションで挑戦し、
幾多の困難を乗り越えながら、世界記録を達成した伝説的選手です。
今回は、そんな「オブリー氏の過去」と、
エアロ集団「D2Z」のサイモン・スマート氏(Enve Smartホイール生みの親)協力の元、
「オブリー氏に対して行った風洞実験」の話について。
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グレアム・オブリーという人物について
裕福でなかったために、フレームの多くの部分を自作、
ホイールには、ドラム式洗濯機のベアリング。
そして、空気抵抗を極限まで抑えるためにひねり出した
「オブリーポジション」。
肘と脇の両方を完全に閉じ、上半身を極限まで縮こまらせます。
オブリーポジションが禁止になってしまった後、
代わりに編み出されたのが「スーパーマンポジション」。
逆に今度は、脇と肘を完全に伸ばし、上半身を一直線にします。
オブリー氏は、トラック選手であると同時に、
常識の枠にとらわれない”アイデアマン”でもありました。
「LIVESTRONG MODERATELY.」というブログの
オブリー氏に関する記事です。
かなり読み応えありますが、
つい読み進めてしまう魅力ある文章ですので、
ぜひ読んでみてください(^^)
こちらは「トップ・ランナー」(洋題「The Flying Scotsman」)という
オブリー氏の”栄光”と”挫折”の実話を描いた映画です。
ストーリーを転載します。
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バイク便の仕事で生活費を稼ぐ毎日を送っていたオブリーは、
ある日、ライバル選手が“アワーレコード”に挑戦することを知り、
友人のマルキーとともに記録更新への挑戦を決意する。
トレーニングのかたわら、色々な廃材を自分で組み立てて
最速の自転車作りに励むオブリーは、
ふと目に留まった洗濯機の部品まで自転車に使ってしまう。
そして1993年、ついにその独自のスタイルで見事アワーレコードの記録を更新。
しかし、そんな彼の活躍を面白く思わない競技連盟幹部の面々は、
彼を自転車競技会から追い出すために理不尽なルールを掲げ始める。
連盟からのあからさまな嫌がらせにも屈しないオブリーは、
高額の最新ハイテク自転車に乗るライバルとの記録更新合戦の末、
見事チャンピオンの座に輝き一躍注目の的となる。
しかしその後、理不尽さを増したルールに従って挑んだ競技中に転倒し、
チャンピオンの座を失ってしまう……
それを機に、幼い頃のトラウマから心の病が悪化し、
やがてオブリーは自殺未遂を図ってしまう。
一命は取り留めたものの自転車に乗ることを止めてしまった彼を支える妻や友人たち。
ドン底から這い上がり、
レースへと挑む気力を持ち直した彼は、再び世界最速の男になれるのか?
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昔、鑑賞したことがあるような気もしますが、
もう一度観てみたいと思ったので、DVDを注文しました。
(Amazonの中古品であれば、かなり安いです)
ところで、「LIVESTRONG MODERATELY.」は、
2012年以前にロードバイクを始めていた人なら、
一度は目にしたことがあるかもしれません。
今みたいにロードバイクに関する情報が溢れていなかった当時、
「機材マニアの寺子屋」のような役割を担っていたブログで、
自分自身、何度も読み返しては参考にしていました。
”機材マニア”に目覚めたきっかけでもありますね(笑)
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エアロ集団D2Zがスーパーマン/オブリーポジションを風洞実験
実験条件
さて、ようやく本題。
アワーレコードを達成したスーパーマン/オブリーポジションですが、
25年前には風洞実験など行われていません。
「スーパーマン/オブリーポジションは本当に優れていたのか?」
そこで、オブリー氏と同じくスコットランドの
ウェアブランド「Endura(エンデュラ)」が、
D2Zのスマート氏に呼びかけて風洞設備を使わせてもらうことに。
速度は、1994年にオブリー氏が、
2時間で記録した平均速度52.7km/hに設定。
風向きは正面から。
スーパーマン/オブリーポジションを含めた4つのポジション、
3種類のフレーム×ホイール、2種類のウェア×ヘルメットという
バリエーションで実施されました。
実験その①
【ポジション】1993年のUCIルールに準拠したもの
【フレーム】当時一般的だったエアロバー付きトラックフレーム
【ホイール】Specialized製の3バトンホイール
【ウェア】特徴の無いごく普通のスキンスーツ
【ヘルメット】オリジナルのエアロヘルメット
1993年当時、最も一般的だったポジションと装備です。
実験その②
【ポジション】オブリー(もしくはcrouch(しゃがむ)、Tuck(すぼまる))ポジション
【フレーム】当時のものを再現したフレーム「Old Faithful」
【ホイール】Specialized製の3バトンホイール
【ウェア】特徴の無いごく普通のスキンスーツ
【ヘルメット】オリジナルのエアロヘルメット
オブリー氏が、アワーレコード挑戦に際して考案したポジション。
自身では「crouch」ポジションと呼んでいます。
実験その③
【ポジション】スーパーマンポジション
【フレーム】当時のものを再現したフレーム「Old Faithful」
【ホイール】当時のSpecialized製の3バトンホイール
【ウェア】特徴の無いごく普通のスキンスーツ
【ヘルメット】オリジナルのエアロヘルメット
UCIによりオブリーポジションが禁止され、
次に編み出したのが、このスーパーマンポジションです。
これは、その威力に目を付けた他の選手も真似していました。
「”crouch”よりにエアロではないかな」と、
オブリー氏も期待に胸を膨らませます。
実験その④
【ポジション】現在のUCIルールに則った最適なエアロポジション
【フレーム】SCOTTの最新TTフレーム『PLASMA5』
【ホイール】Enve『SES 7.8』+D2Z『Disc』
【ウェア】Endura×D2Z『Encapsulator(エンカプスレーター)』
【ヘルメット】Endura×D2Z『Aeroswitch(エアロスウィッチ)』
「最新科学」VS「伝説」。果たして結果はどうか……
Endura×D2Z『エンカプスレーター』は、
肩や脇の部分に、シリコン製の模様を施しているエアロウェア。
Endura×D2Z『エンカプスレーター』に関するIT技術者さんの記事↓
それから、ウェア表面の特殊加工による整流効果については、以前に話しました。
また、ヘルメット『エアロスウィッチ』は、
その名の通りシールドとテール部分が取り外し可能な構造で、
TT、ロードレース、どちらにも対応できるようになってます。
実験結果と考察
まず注目すべきは、②「オブリーポジション」と④「最新科学」の比較。
「最新科学」は、①と比べれば30.1w、③とでは22.6wも優れている反面、
オブリーポジションよりも30.1wビハインド。
30wのパワーの違いは、1.5km/hの速度差を生みます。
つまり、現代の装備と理想的エアロポジションで52.7km/hが出るのであれば、
オブリーポジションを取ることで54km/hほどで走れることになり、
1km走行して24m以上ものギャップが開く計算になります。
なぜこんなにも差が付くのでしょうか?
以前、スペシャライズドで行われた風洞実験を紹介しました。
その中で、上の写真二つを比較しているのですが、
トップチューブに乗っかかる右のフォームのほうが、
4km/hも速いという結果が出ています。
「前面投影面積が小さい」というのもあるでしょうが、
それだけで+4km/hとは、少し考えづらい所があります。
おそらくですが、
「お腹の部分に空気が流入してくるのをシャットダウンできる」
ということが、重要なポイントなような気がします。
お腹付近は”大きい壁”みたいなもので、
そこに空気がぶつかれば、かなりの抵抗が生むはずですから。
そして、同じくオブリーポジションも、
自作バイクによってお腹の空間をつぶし、
極限まで空気抵抗を削減したものだと考えられます。
これには、さすがの最新科学も敵わない訳です。
続いては、③の「スーパーマン」。
実験前には、冗談交じりに「250w!」と豪語していましたが、
蓋を開けてみれば、402.5wとごく平凡な結果。
オブリーポジションに比べれば、出力+52.7wで2km/hも遅いです。
対照的な結果になりましたね(^^;
両者の前面投影面積はほとんど変わりませんから、
腕を左右に広げ過ぎなのが問題なのだと思います。
先日の記事でも話しましたが、
「肘は膝と一直線になるように」というのがベスト。
広げ過ぎれば、お腹への空気の流入を増やしてしまうだけです。
実験を終えて、
スマート氏「マスターズのアワーレコードを狙ったら?きっと良い記録が出ると思うよ?」
オブリー氏「たぶんいけるだろうね。おぉぉ……膝の調子が……」
スマート氏「(笑)」
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スーパーマンポジションですが、リカンベント・プローン(うつ伏せ+オブリーポジションに近いです)だと、ほぼスーパーマンポジションで巡航出来るそうです。米国で特許申請されていて、販売もされているのをネット上で観た事が有ります。 又、世界最速は3輪リカンベントで、ジェームズ・コクソンさんという方が最近出した記録で60km近いスピードで1時間走ったもので、前人未到の大記録と書いて有りました。 YouTube動画では、イタリア、マルコ・ルカさんという方が、前輪駆動リカンベントで、6人トレインのチーム・リクイガスと競走になり、結構な峠にも関わらず完全勝利しています。米国では、カーボンリカンベント、ローレーサーがTT車をまるで静止しているかの様に抜き、次々に周回遅れにする凄い映像もupされて居ます。